四郎右衛門は商人(蔵前伊勢屋)で後に青地青季と号し、素人最高位の七段に昇った人。最もこれはお金≠フ力で、本当は四、五段の実力だったとの伝もあるがそれでも大したものである。大橋本家にとっては大切な大旦那だったのであろう。本局、宗桂の取った作戦は腰掛銀右四間飛車急戦。今日も盛んに指されているこの戦法のルーツは以外に古く、初代伊藤宗看の棋譜に既に窺うことができる。これに対し四郎右衛門の指し手はやや鷹揚な感じで、28手目8五桂と仕掛けて手になっている様。予め9八香と備えたかったが、当時はこんな手は思考の埒外だったのだろう。41手目5七角は苦心の受けだが、次の3三桂が飛車を取った後の香取りを防ぐと供に4五桂を見た好手。で、本譜はその4五桂を喰ってしまったからたまらない。これではさすがに粘り様も無く、わずか50手で終局となった。