第四十局 将棊粹金 下 より
吉川豊蔵 ― 中村喜多次郎 戦
吉川豊蔵は本書によると播磨の人で四段とある。中村喜多次郎は後の
大橋柳雪七段、このとき弱冠十二歳。相懸りから両者中段飛車に構えて、
6九玉、4一玉はこの時代の常識的な囲い方。22手目3五歩は突っ張った
指し方で、そこで先手も負けじと7五歩と突く。8八角成から3三桂は次に
2四歩が狙いなのだろうが、豊蔵の7四歩が好手で同歩に3六歩とにわか
に桂頭のキズが怪しくなった。
7五歩、3五歩の展開は3四歩〜5六角の筋で支え切れないので喜多次郎
は8六歩と暴れに行く。33手目5五角では8七歩とし、3六飛に2八飛とかわ
して8三角と飛車のいじめを見て優勢だろう。8二歩はなんとも辛い手、8二角、
同角成、同銀と指したい(以下8七歩なら先の変化の8三角がない)8三歩と
追求され4四角合わせるようではかなり損した感じ。8二歩成りは微妙なとこ
ろで7七角も有力。
42手目8七歩から3六飛は自陣が乱れているだけにさすがに乱暴で、7三
銀と辛抱しておくべきところだが、とにかく攻めに手が向かうのが“少年らしさ”
か。飛車交換後の6五桂が気持ちの良い跳ね出し。6四角に4六角の合せから
同角に同歩でも十分かとは思うが豊蔵は5三桂不成と決めに行く。5一飛の詰
めろに4三玉から懸命の粘りだが、3五歩〜6二成桂と網を絞られ切れそうに
無い。
63手目3七銀が好手で、77手目8二竜で受け無しかと思えたが…… ここで
8四香が喜多次郎の才を見せた手、この中段玉が簡単には寄らない。例えば
7六歩、8五玉、8六歩、9四玉、9六歩は8九飛、7九金、9九飛成で逆転模様だ。
7七金に6八銀で先手玉も俄かに危なくなってきた。82手目5七とに同玉と取っ
て以下4五桂打、4八玉で際どいが詰みは無く、このほうが安全だったが豊蔵は
読み切れなかったのだろう。6八飛に8九玉は8七香不成、同飛成、8八歩で逆
転、7九玉はやむを得ない。8八角から金は取られるが、6六銀打でかろうじて
凌げている。さしもの熱戦も97手目3八角で合駒が悪く(同飛成は6六歩まで)
いずれも詰み。敗勢から後一歩まで追い込んだ喜多次郎。それを首の皮一枚で
凌いだ豊蔵の、序盤は粗いがなかなか力の入った好局であった。