毛塚源助 ― 伊藤宗看(六代)戦
毛塚源助は江戸日本橋の商人で号は松屋。裕福な大店の主人だった
そうで、大橋宗英らを招いて稽古を付けてもらい腕を上げ六段まで昇った。
六代宗看は前名松田印嘉、18歳で五代宗印の跡目となり伊藤家を継いだ。
攻めっ気の強い棋風で“荒指しの宗看”と呼ばれている。
16手目3三角の“居飛車左美濃”はこの頃よく見られる形、本譜のように
飛車先を交換されるので現代感覚では損であるが、当時はあまり気にしな
かった。
31手目4六歩から6六歩では玉の囲いを急ぎたい。5五歩と突かれ先手
居玉のままでの開戦は少々不安だ。同歩、同銀では持たないと見て源助は
6五歩の突き違いで凌ぎにでるが、宗看は3五歩と戦線を拡大して攻める。
45手目4七同金で同銀は1五角、2七飛、2五桂で潰れ。49手目5七歩で
受かったかに見えるが6七角が急所の打ちこみで、銀を捌いて54手目3四
角成りまで馬を作り後手成功の形。
先手も5六角から反撃するものの、飛車を詰まされ2九歩ではあまりに辛い。
自陣角から馬を引きつけて粘る先手だが、70手目8八歩から6四桂と宗看は
追求を緩めない。4七馬で6七馬も3七飛成、同銀、3九飛、4九桂、3八金で
やはり負け筋。本譜は駒損から飛車を成られてジリ貧模様、88手目3四歩は
渋い好手だ。
しかし96手目7八成銀から7九角がかなり強引な順でにわかに際どくなる。
104手目5八金で7八竜として以下4三桂不成、4二玉、8二飛に5二金打
(5二桂は3三銀、5三玉、6五桂以下詰み)で危ないがかすかに詰まずこちら
でも良かったかも。108手目3四金と手が戻り5三桂で相当危ない形だが、
5二金で僅かに残している。111手目3三歩は同金と固めさせてしまうのだが、
4三銀では同金、同桂成に5七角成、同銀、6九角の即詰みがあっていけない。
どうやら先ほどの強引な手順も宗看の読み切りで、指導用にわざとギリギリの
順を演出して見せたものか?5九金と受ける一手では残念ながら綾はなく、5六
歩からは分かり易い寄りである。